ロック、フュージョン、ソウル、ブルースを中心としたたCD&レコの購入記録=レコード・ダイアリー、略して「レコダイ」です
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    世界で一番ジミー・ペイジになろうとした男/ジミー桜井・田坂圭 共著

    JUGEMテーマ:音楽

    読みたいな〜と思っていた本が図書館に有った!
    これは書名の通り、世界で一番ジミー・ペイジになろうとした男、ジミー桜井氏の半生を描いた本。ジミーは63年10月に新潟県十日町生まれ。中2の夏にギターを弾き始め、キッスのコピーをしていたが、高1の秋にツッペリンを初めて聴いてからはツッペリン、というかジミー・ペイジ一筋。高校卒業後に東京の呉服問屋に就職するも2年で退職し地元に戻る。1990年、26歳で再び上京し、ジョージ吾妻氏(吾妻光良氏の実兄)が社長を務める日本エレクトロ・ハーモニックス社に入社し、楽器の営業マンとして活躍する一方で、93年にバンド『MR.JIMMY』を結成。2012年10月には東京でのライヴにペイジ本人が現れ、激励される。2014年、50歳にして会社を辞め、レッド・ツェッパゲインに加入するために単身渡米。しかし「もしも1973年マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)公演に4夜目があったなら、ペイジはこう弾いたのではないか」とイメージしながら、ツェッペリンの世界を「リバイブ=蘇生」することを目指すジミーと、スタジオ録音曲の忠実なコピーにこだわる他メンバーとの方向性の違いから、2017年に脱退。同年11月からはジェイソン・ボーナムのバンド、『ジェイソン・ボーナム・レッド・ツェッペリン・イヴニング』に加入し、現在は日米を股にかけて活躍中。YouTubeでも今年9月のMSG公演の様子を見ることができるが、外見は当然ながらクネクネとした手足のアクションもまるでペイジ本人だ。ギターもアンプもペイジと同じ音を出すために徹底的にこだわっていて、59年製レスポールは58年製に比べてネックが細身なのでシャープな音が出るとか、コイルのゲージや巻き数を変えたピックアップを開発したり、ビンテージ・アンプのヒューズや電源ケーブルを交換したりと、とても素人には聴き分けられない世界だ。またペイジが75年と77年のツアーで着た『ドラゴン・スーツ』を車が買えるほどの費用をかけて作るも、パンツの龍の位置が5cmほど高い位置に刺繍されたので作り直している。それは「たかが5cmと思うかもしれないが、それによって膝を曲げた時の龍の見え方、動き方に大きな違いが出る」というのがジミーの説明だ。ただ単に大好きなペイジを追いかけることで道を切り開いてきた男の半生はとても清々しい。
    リットー・ミュージック2018年7月刊 1,800円

     

     

     

     

     

     

     

    | ノガッチ | その他 | 12:55 | comments(0) | - | - |
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